40代・50代を襲う「ミッドライフクライシス(虚無感)」の正体
40代や50代という年代は、これまで社会人として懸命に走り続け、少しだけふと息をつける時期かもしれません。しかし、それと同時に「将来の先行き」がある程度、見通せるようになる時期でもあります。
会社のなかで自分がどこまで昇進できるのか、というポジションの先行き。そして、子どもが成長し、家族がこれからどのような姿になっていくのかというライフプラン。これまでの人生のレールが明確になり、安定を感じる一方で、ふと強烈な「虚無感」に見舞われることはないでしょうか。
「毎日一生懸命生きているはずなのに、なぜか心が満たされない」
「このままの人生が、ただ続いていくだけなのだろうか」
心理学において、こうした人生の中間期(40〜50代頃)に訪れる心理的な葛藤や憂鬱感は「ミッドライフクライシス(中年の危機)」と呼ばれています(参考:Wikipedia「中年の危機」)。決してあなただけが特別におかしいわけではなく、一生懸命に生きてきた多くの人が直面する、ごく自然な心の揺らぎなのです。
では、なぜこの時期に虚無感に襲われるのでしょうか。
一般的には「加齢による体力の低下」や「家庭環境の変化」などが原因とされていますが、私は自身の経験から、その根底にはもっと決定的な理由があると考えています。
それは、「自分の人生のアッパー(上限)の限界が見えてしまうこと」です。

若い頃は「自分は何にでもなれる」「どこまででも行ける」という無限の可能性を信じて走ることができました。しかし、年齢を重ねて経験を積むほど、良くも悪くも「自分の実力はこのくらいだ」「この先の人生はこういう軌道を描くのだろう」という限界(天井)がリアルに見えてしまいます。
この「アッパーの限界」を悟った瞬間に、人は目標を見失い、ポッカリと穴が空いたような虚無感に襲われるのだと思います。
実は私自身、この「限界が見えたことによる絶望と虚無感」を、40代ではなく18歳という若さで痛烈に味わい、そこから立ち直るまでに約2年もの歳月を要した経験があります。
年齢こそ違いますが、心の構造は40代のミッドライフクライシスと全く同じでした。次章では、私がどのようにしてそのどん底の虚無感を味わい、そして抜け出すことができたのかをお話しします。

18歳で味わった「アッパーの限界」と絶望からの脱却
中学時代、私は決して勉強が得意な方ではありませんでした。「公立の普通科に進学しても、自分の学力では大学進学は厳しいだろう」。そう考えた私は、高校卒業後は就職するしかないと思い定め、偏差値45の工業高校へ進学しました。
しかし、心の奥底にはどうしても「大学に進学してみたい」という諦めきれない思いがありました。そこで、就職以外の道が本当にないのかを必死に調べた結果、ごく僅かながら「工業高校の卒業生が、工業高専(高等専門学校)へ編入する」というルートが存在することを知ったのです。
「この道しかない!」と決心した私は、高専への編入を目指して猛勉強を重ねました。その努力が実を結び、無事に偏差値65の工業高専への編入を果たすことができたのです。
偏差値45の環境から、偏差値65の学校へのジャンプアップ。客観的に見れば、念願の大きな目標を達成した素晴らしい瞬間でした。しかし、編入が決まった直後から、なぜか私の心は深い「虚無感」に覆われてしまったのです。
高専編入という夢が叶ったにもかかわらず、なぜ虚無感に襲われたのか。当時の私には、その原因が全く分かりませんでした。
しかし、後になってようやくその正体に気がつきました。それは、「自分のアッパー(上限)の限界が決まってしまったように感じたから」でした。
高専は5年制の学校であり、修了すると「短大卒」と同等の扱いになります。つまり、「高専に入った時点で、自分の学歴や進路の最終到達点はここでストップするんだ」という、人生の天井が見えてしまった気がしたのです。これこそが、前章でお話しした「限界が見えたことによる絶望」でした。
どん底の虚無感から私を救い出してくれたのは、「新しい選択肢(目標)」との出会いでした。
私が編入してから1年が経ち、高専の5年生になった頃のことです。卒業後の進路について、「就職するか、それとも大学の3年次へ編入するか」という意向を聞かれるタイミングがありました。
それまで私の中には「高専を出たら就職するしかない」という固定観念があったのですが、この時初めて「大学へ編入して、さらに上の学びを追求する道がある」と知ったのです。
「まだ先がある。自分の限界はここじゃないんだ」
そう気づき、大学編入という新たな目標を設定した瞬間、それまで私を苦しめていた虚無感は嘘のようにスーッと消えていきました。最終的に私は、「自分の実力でいけるところまで、とことん試してみよう」という前向きなエネルギーを取り戻し、大学、そして博士後期課程にまで進学することになります。
この18歳の時の原体験から、私は人生における一つの真理を学びました。
それは、「人は限界(天井)を感じると活力を失い、自らの意思で目指せる『新たな目標』を見つけると、再び前に進むエネルギーを取り戻す」ということです。

会社員時代に見えた「65歳までのレール」とアーリーリタイアという目標
博士後期課程まで進み、研究に没頭した後、私は人生の岐路に立たされました。「このまま大学に残って研究者になるか、それとも民間企業に就職するか」。悩んだ末、私は企業に就職し、半導体エンジニアとして働く道を選びました。
自分で選び取った道であり、日々やりがいも感じていました。しかし、会社員生活が始まってしばらくすると、あの18歳の時に感じた「虚無感」が、心の奥底から再び顔を出し始めたのです。
「ああ、会社に勤めるということは、このまま65歳の定年まで働き続けるということなんだな」
会社という組織に属したことで、将来のポジションや給与の伸び、そして退職までの道のりが、ある程度予測できるようになってしまいました。「65歳までのレール」が明確に見えた瞬間に、私の人生に再び「アッパーの限界」が設定されてしまったのです。
このままでは、またあの苦しい虚無感に飲み込まれてしまう。過去の経験から「限界を打破するには、新しい目標が必要だ」と直感していた私は、あえて途方もない、しかし胸が躍るような目標を立てることにしました。
それが、「アーリーリタイア」です。
目標が決まってからの行動は早いものでした。アーリーリタイアに向けて徹底した節約を行い、投資信託などへの積み立てをコツコツと続けました。
明確な期日の締め切りはありませんでしたが、「目標に向かって少しでも進んでいる」という実感は、毎日の生活に信じられないほどの活力を与えてくれました。
もちろん、順風満帆だったわけではありません。
私が目標を立てて投資を始めた直後にリーマンショックが直撃し、市場は歴史的な大暴落を記録しました。2〜3年もの間、積み立てた入金額を大きく下回る含み損(マイナス)を抱える期間が続いたのです。
普通に考えれば、心が折れて投資をやめてしまってもおかしくない場面です。しかし、不思議なことに当時の私は「それでも楽しかった」のです。
なぜなら、アーリーリタイアという目標は、誰かに強制されたものではなく、「すべて自分で設定し、自分でコントロールしているプロジェクト」だったからです。
株式相場は自分の思い通りにはなりません。しかし、「無駄な支出を減らすこと」や「暴落時でも淡々と積み立てを続けること」は、自分の意思で100%コントロールできます。
どんな逆境であっても、「自分でコントロールできる目標に向かって、確実に歩みを進めている」という確かな手応えさえあれば、人は虚無感に襲われることはありません。この時の経験は、私に「目標設定の本当の価値」を深く教えてくれました。
アーリーリタイア達成後の現在。なぜ虚無感は再発しないのか?
そして2022年、私は長年の目標であったアーリーリタイアをついに達成し、会社員としてのレールから完全に降りることになりました。
ここで一つの疑問が浮かぶかもしれません。
「最大の目標を達成してしまったら、燃え尽きてしまうのではないか?」
「毎日やることがなくなり、また18歳の時のように『人生の限界』を感じて虚無感に襲われているのではないか?」と。
確かに、ただ仕事を辞めてのんびりするだけの生活であれば、数ヶ月で飽きが来て、再び強烈な虚無感のどん底に突き落とされていたかもしれません。しかし、リタイアから数年が経過した現在に至るまで、私は虚無感とは無縁の非常に充実した毎日を送っています。
その理由はとてもシンプルです。
会社員を卒業した直後に、「自分の興味があることをとことん極める」という新たな目標を立てたからです。
私は2024年に、資産管理やブログ運営などを行うマイクロ法人(小さな会社)を設立しました。
実は、マイクロ法人を運営するだけであれば、会計の知識は「日商簿記3級」程度があれば十分事足ります。しかし、会社の数字を自分で管理していくうちに、私は会計の世界の奥深さに強く惹きつけられるようになりました。
「もっと深く知りたい。この分野を極めてみたい」
そうした純粋な探求心から、現在は税理士資格の取得を目指して学習を続けています。今はまだ資格取得を目指す一介の学生(受験生)という立場であり、まずは目の前の高い壁である「日商簿記1級の過去問」と日々格闘する毎日です。
難しい問題に直面して頭を抱えることもありますが、不思議と苦痛ではありません。むしろ、毎日新しい知識を吸収し、昨日の自分より確実に成長している実感があるため、心からの楽しさを感じています。
誰かに「勉強しろ」と強制されているわけでもなく、上司に設定された厳しい期限もありません。自分のペースでじっくりと学びながら、合間には日課であるウォーキングや水泳、サウナで心身を整え、家族とゆっくり過ごす時間を大切にする。
「完全に自分がコントロールできる領域で、知的好奇心を満たすための挑戦を続ける」
これこそが、アーリーリタイア達成後も決して「人生のアッパー(限界)」を感じることなく、虚無感を遠ざけ続けている最大の理由なのです。

虚無感を回避する条件:「自分でコントロールできる」×「期限がない」目標を持つ
18歳で味わった「進路の限界」、会社員時代に見えた「65歳定年のレール」、そしてアーリーリタイア達成後の「知的好奇心」。
私のこれまでの経験を振り返ると、人生で虚無感に見舞われない時、あるいは見舞われてもすぐに脱却できた時には、常に「ある共通する特徴を持った目標」が存在していました。
もし今、あなたが40代・50代を迎え、ミッドライフクライシスや将来への虚無感に悩まされているのなら、これからお伝えする「2つの条件を満たす目標」を持つことを強くおすすめします。
条件①:自分自身でコントロールできる目標であること
1つ目の条件は、結果やプロセスを「自分自身で100%コントロールできる領域」に目標を置くことです。
40代や50代の虚無感の多くは、「会社の昇進」や「他人の評価」など、自分ではコントロールできないものに人生の軸足を置いてしまっていることからも生まれます。会社の業績や上司の意向で自分の将来(限界)が決められてしまう環境では、誰しも無力感に苛まれてしまいます。
心理学の世界では、物事の結果を「自分の行動次第(内的要因)」と捉えるか、「他人や環境のせい(外的要因)」と捉えるかを分類する『統制の所在(ローカス・オブ・コントロール)』という概念があります(参考:Wikipedia「統制の所在」)。幸福度が高く、虚無感を感じにくい人は、総じて「結果は自分でコントロールできる」と考えて行動する傾向があると言われています。
私が実践した「アーリーリタイアに向けた節約や積立投資」や「日商簿記・税理士試験の勉強」は、まさにこれに当てはまります。
投資の相場自体は自分ではどうにもなりませんが、「毎月いくら節約し、いくら投資に回すか」は自分でコントロールできます。試験の合格率や難易度は変えられませんが、「今日、過去問を何ページ解くか」は自分の意思だけで完結します。「自分の頑張りが、そのまま結果(前進)に直結する」という手応えこそが、虚無感を打ち破る最大の武器になります。

条件②:明確な期限がない(自分で期限を決められる)こと
2つ目の条件は、その目標に「他人から押し付けられた明確な期限(納期)がないこと」です。
会社員の仕事が苦しくなりがちなのは、「〇月〇日までにこのプロジェクトを終わらせろ」という外部からの期限設定があるからです。これでは目標というよりも「ノルマ」になってしまい、達成の喜びよりもプレッシャーの方が勝ってしまいます。
一方で、自分の意思で始めた目標であれば、期限は自分で自由に決めることができます。
私がアーリーリタイアを目指した時も、「絶対に何歳までに辞める」というガチガチの期限は設けませんでした。今挑戦している税理士資格の勉強も、「何年かかってもいいから、少しずつ知識を深めていこう」というスタンスで取り組んでいます。
期限がないからこそ、「目標に向かって少しずつ進んでいる」というプロセスそのものを、焦ることなく純粋に楽しむことができるのです。

| 虚無感を生む目標(会社・他人軸) | 虚無感を消す目標(自分軸) | |
|---|---|---|
| 評価者 | 他人(上司・世間など) | 自分自身 |
| コントロール | できない(業績や運に左右される) | できる(自分の行動次第) |
| 期限(納期) | あり(絶対厳守でストレスに) | なし(自分で自由に変更可能) |
| 具体例 | 部長への昇進、会社の売上目標達成 | 資産〇万円達成、資格の学習、ブログ運営 |

おわりに:40代・50代は決して「人生の消化試合」ではない

40代、50代になり、「自分の人生、だいたいこんなものかな」とアッパーの限界が見えてしまうと、急に足取りが重くなります。これ以上、上に行けないレールの上を歩き続けることは、誰にとっても苦痛です。
しかし、そのレール(限界)は、あくまで「会社員としての人生」や「これまでの価値観」の中で設定されたものに過ぎません。
視点を少しだけズラし、「自分でコントロールでき、かつ期限のない、新しい目標のレール」を自分の手で敷いてみてください。
それは、ずっと興味があった分野の勉強でもいいですし、小さな副業やブログ(マイクロ法人のような事業)を始めてみることでも構いません。あるいは、健康のために毎日少しだけ歩く距離を伸ばすといったことでも立派な目標です。
人生のアッパーの限界は、自分で新しい道を見つけた瞬間に消え去ります。この記事が、虚無感から抜け出し、再び充実した毎日を歩き出すための小さなヒントになれば幸いです。

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