毎日のお仕事、本当にお疲れ様です。
目の前の業務に追われながらも、少しでも状況を良くしようと奮闘されていることと思います。
前回の記事では、組織で「みんなで決める」ことに息苦しさを感じる人は、実は「単独プレイヤー(個人競技)」に向いている性質がある、というお話をしました。
今回は、まさにその「単独プレイヤー向きの人」が、組織の中で無意識に陥りやすい罠=「業務の属人化」についてのお話です。
長く同じ職場で真面目に仕事に向き合っている人ほど、ある日ふと、こんな感情を抱くことはありませんか?
- 「この複雑なシステム周りの処理は、私にしか分からない」
- 「あの気難しいクライアントは、私が担当しないと機嫌を損ねてしまう」
- 「結局のところ、私がいなければこの現場は回らない」
これらは、責任感が強く、仕事に真摯に向き合っているからこそ生まれる感情です。その努力は本当に素晴らしいものですし、そうやって会社を最前線で支えてきたご自身のことは、ぜひ誇っていただきたいと思います。
しかし、ここで一度立ち止まって、少し俯瞰した視点から考えてみたいのです。
単独プレイヤーとしての能力が高い人が無意識に信じている「自分にしかできない仕事がある=会社にとって価値が高い」という方程式は、果たして本当に正解なのでしょうか。
はじめに:「私がいなければ回らない」という錯覚

変えの効かない人材=優秀、という思い込み

会社員としてキャリアを重ねていくと、私たちは無意識のうちに「自分だけの縄張り」を作りたがります。専門性を高め、他人が簡単には手出しできない領域を持つことで、会社内での自分の存在意義(=ポジショニング)を確固たるものにしようとする、ある種の防衛本能です。
しかし、一般的な組織において、特定の個人しか業務のやり方を把握していない状態(=属人化)は、従業員と組織とで、その評価が全く逆転してしまいます。
| 従業員の思い込み(主観) | 組織からの評価(客観) |
|---|---|
| 「私にしかできない仕事」がある | 誰かが休むと業務が止まる「ボトルネック」 |
| だから、私は変えの効かない優秀な人材だ | 依存度が高く、「取り扱いが難しい人材」 |
| 会社でのポジションは安泰だ | 属人化を解消するための「改善対象・リスク」 |
自分としては「会社を守っている」つもりでも、組織から見れば、それは単なる「未完成でリスクの高い業務プロセス」に過ぎないのです。

ビジネスやIT業界のリスク管理において、「バス係数(Bus factor)」という言葉があります。これは「プロジェクトのメンバーが何人バスに轢かれたら(離脱したら)、プロジェクトが破綻するか」を示す指標です。組織は常にこのバス係数を上げること(=誰が抜けても回る状態)を目指すため、特定の個人に依存する状態を本能的に嫌います。
決定的な視点の乖離:従業員と組織のズレ

会社は「集団競技」。属人化させる人材は扱いづらい
会社というシステムは、本質的に「集団競技」として設計されています。
企業が安定して利益を出し続けるためには、「誰が担当しても、同じ品質で、同じ成果が出せる仕組み(再現性)」が絶対に不可欠です。
チームでパスを回してゴールを目指しているのに、「俺が俺が」とボールを絶対に離さず、一人でドリブルをし続ける選手がいたらどうでしょうか。監督(経営層)から見れば、「怪我をされたらチームが崩壊する、戦術に組み込みづらい選手」として映ってしまいます。
無意識のうちに「個人競技」に没頭してしまうメカニズム
もちろん、最初から会社を困らせようとして属人化させる人はほとんどいません。とくに前回の記事でお話ししたような「単独プレイヤー向き」の真面目で能力の高い人ほど、以下のような「善意と多忙の悪循環」に引きずり込まれてしまうのです。
- 【責任感と多忙】 「他人に教える時間はない。自分でやった方が早い」と良かれと思って仕事を巻き取る。
- 【ブラックボックス化】 自分しか手を出せない領域が増え、周囲も「あの人に任せておけば安心」と放置し始める。
- 【承認欲求の充足】 トラブルを一人で解決し「さすが!」と感謝されることで、「自分は会社に必要とされている」という強烈な成功体験を得る。
- 【個人競技への没頭】 居場所を失うのが怖くなり、無意識に情報を抱え込むようになる。
集団競技のルールの中で、個人競技のスコア(自分だけの成果や承認欲求)を追い求めてしまう。この構造的なズレに気がつかない限り、会社員としてのキャリアは徐々に苦しいものになっていきます。
「自分だけの聖域」を作った人たちに待ち受ける現実

私自身、元エンジニアとして様々な組織の栄枯盛衰を見てきましたが、属人化によって自分の身を守ろうとした人たちに待ち受けていたのは、皮肉にも非常に残酷な結末でした。
- 外部システムへのリプレイス(リストラ): AIや便利なクラウドサービス、外部のアウトソーシングなどに置き換えられ、ある日突然「聖域」ごと不要になる。
- 古いシステムの番人として隔離: 属人化業務から離れられないため、新しい挑戦の機会を与えられず、メインストリームから外れた「窓際」に固定される。
成長機会を失い、労働市場での価値を自ら下げていく

なぜ、自分の身を守るための行動が悲劇を招くのでしょうか。それは、一つの業務にしがみつくことで「自らの成長機会を放棄し、労働市場での価値を下げ続けているから」です。
| 視点 | 会社内での価値(局地的な評価) | 労働市場での価値(社会的な評価) |
|---|---|---|
| 属人化による影響 | 業務に精通した「主」として扱われるが、給与以上の付加価値は生まない。 | 新しいスキルがなく、特定の会社のローカルルールしか知らないため、市場価値が下がる。 |
「この会社では、自分がいなければ回らない」という自負は、裏を返せば「この会社の、この業務でしか通用しない人材になっている」ことと同義です。小さな箱の中で既得権益を守ることに必死になっている間に、世の中はどんどんアップデートされてしまいます。
厳しい現実への改善策:あなたの「エゴ」はどこで満たすべきか

「じゃあ、単独プレイヤー向きの人間は個性を殺して、ただの歯車として生きろと言うのか?」と感じた方もいるかもしれません。
自分の実力を試したい、周囲から認められたいという「エゴ(承認欲求)」を持つことは、成長意欲の源泉であり、素晴らしいことです。大切なのは、そのエネルギーを「発散する場所」を間違えないことです。
会社内での個人競技は、特許提案など「害のない範囲」に限定する
もし、会社の中で「自分の腕力だけで勝負したい」と思うのであれば、組織のシステムを止めない「害のない範囲」に限定しましょう。
例えば、エンジニアであれば「特許提案」が最たる例です。個人の名前が残り承認欲求を満たしつつ、会社にとっては「知的財産」という武器が増えるだけで、日々の業務フローが止まるリスクはありません。新規事業の提案や、誰もが使える自動化ツールの開発なども同様です。
承認欲求と実力試しは、マイクロ法人や副業の世界で発散せよ

しかし、会社という枠組みの中で個人競技をするには限界があります。資本主義のルールにおいて、その最終的な利益は会社のものになるからです。
自分の実力を100%試し、アイデアを直接世の中に問いたいなら、そのエネルギーは「外の世界(副業やマイクロ法人)」で発散するべきです。
| 活躍のフィールド | エゴ(承認欲求)の満たし方 | リスクとリターン |
|---|---|---|
| 会社の通常業務 | ❌ 業務を属人化させて優越感に浸る | 会社のシステムを壊し、自分の首を絞める。 |
| 会社のプラスα業務 | ⭕️ 特許提案や新規事業コンテスト | 会社に迷惑をかけず評価されるが、利益は会社のもの。 |
| 副業・マイクロ法人 | 🌟 市場からダイレクトに評価を得る | 100%自己責任だが、成果や利益はすべて自分のもの。 |
副業やマイクロ法人の世界は、上司の顔色を伺う必要もありません。あなたが社長であり、プレイヤーであり、システムそのものです。
まとめ:会社員としての真のサバイバル術

「自分の仕事を手放す」というのは、最初はとても勇気がいることです。しかし、資本主義のシステム全体から俯瞰してみれば、真に市場価値が高い人材とは、「自分にしかできない作業を持っている人」ではありません。

「複雑な属人化業務を解きほぐし、誰でも回せる『仕組み』に変え、軽やかに次の新しい挑戦に向かえる人」です。
- 今の仕事を「明日入ってきた新人でもできる状態」にマニュアル化し、手放す。
- 会社内での「個人競技」は、特許提案など組織のシステムを止めない範囲に限定する。
- 仕事を手放して生まれた余力と情熱は、副業やマイクロ法人といった「完全な個人競技」のフィールドで思い切り爆発させる。
会社に依存するための既得権益を手放し、常に身軽でいること。そして、自分の能力を試す土俵を会社の外にも持つこと。
あなたが手放したその業務の先には、もっと自由で、もっとエキサイティングな「次なる課題」が必ず待っています。明日からの働き方が、少しでも風通し良く、身軽なものになることを心から応援しています。

「聴くブログ」としても配信中
この記事の内容は、YouTubeチャンネルでも音声解説として公開しています。ブログでは書ききれなかった裏話や、私自身の率直な所感も交えてお話ししています。ラジオ感覚でぜひお楽しみください。


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