あなたの24時間は、本当に「あなた自身」が配分していますか?

こんにちは。元ポスドクで現在はマイクロ法人代表のメガネおじさんです。
毎日のお仕事、本当にお疲れ様です。
目の前の業務を真面目にこなし、責任感を持って頑張っている方ほど、月曜日から金曜日までがあっという間に過ぎていく感覚をお持ちではないでしょうか。
前回の記事では、「会社に自己実現を求めるのは危険であり、自己実現は会社の外で小さく育てればいい」というお話をしました。
今回はその続きとして、会社の外で自己実現を育てるための土台となる「時間」についてお話しします。
突然ですが、あなたがお使いの手帳や、スマートフォンのカレンダーアプリを開いてみてください。
今週の予定は、何で埋まっていますか?
- 「月曜10時:〇〇会議」
- 「火曜14時:△△社へ訪問」
- 「水曜:企画書の締め切り」
もし、あなたのスケジュールが「会社の業務」や「会社関連の予定」だけで埋め尽くされているとしたら、少し立ち止まって考える必要があります。
以下の表を見て、ご自身の現状と照らし合わせてみてください。
| 比較項目 | 会社に時間を「配分されている」状態 | 自分で時間を「配分している」状態 |
|---|---|---|
| 手帳の埋め方 | 会社の予定が最優先。空いた隙間時間に私用を入れる | 自分の予定(自己投資など)を先取りし、会社を調整する |
| 残業への意識 | 「仕事が終わるまで帰れない」と受動的 | 「今日は〇時までに終わらせる」と主体的 |
| 休日の過ごし方 | 平日の疲労回復だけで終わってしまう | 趣味や、会社の外での自己実現の準備に充てている |
| 人生の裁量 | 会社に委ねている | 自分自身でコントロールしている |
表の左側、「会社に時間を配分されている状態」を見て、ドキッとした方もいるかもしれません。
かつて、大手日本メーカーでエンジニアをしていた頃の私も、まさにこの状態でした。「会社のために働くのが当たり前」であり、プライベートの時間は業務の余白でやりくりするものだと信じて疑いませんでした。
しかし、自分の24時間を「会社の都合」に合わせて配分している状態というのは、厳しい言い方をすれば「自分の人生の主導権(生殺与奪の権)を、会社という他人に握られている状態」にほかなりません。
真面目な会社員ほど、与えられた業務の中で「いかに効率よく仕事をこなすか(部分最適化)」をすることには長けています。しかし、会社という枠組みを超えて、自分の人生全体をどうデザインするかという「全体最適化」の視点が、いつの間にか抜け落ちてしまいがちです。
なぜ、私たちはこれほどまでに「時間の主導権」を手放すことに無自覚になってしまったのでしょうか。その理由は、私たちが生きてきた「時代背景」に深く関わっています。
かつての日本にあった「人生の自動操縦モード(幸せのレール)」

なぜ、「自分の時間を自分で配分する」という意識が薄れてしまったのでしょうか。それは決して、あなたの自己管理能力が低いからではありません。
私たちが育ってきた昭和から平成初期にかけての日本社会には、「何も考えなくても幸せになれる、強力な自動操縦システム」が存在していたからです。
私が子どもの頃、親や学校の先生から耳にタコができるほど言われてきた言葉があります。
「一生懸命勉強して良い大学に入り、大企業に就職すれば、一生安泰で幸せになれるよ」
この言葉に象徴されるように、かつての日本には、社会全体で共有された「幸せのレール(ロールモデル)」がはっきりと敷かれていました。
| 人生のステージ | 社会が用意してくれた「レール」 | 個人の「時間配分・決断」の必要性 |
|---|---|---|
| 就職・働き方 | 終身雇用と年功序列。会社に忠誠を誓い、定年まで勤め上げる。 | 【不要】 会社が残業も異動も決める。その代わり将来が保証される。 |
| 結婚・家庭 | 適齢期になれば、お見合いや職場の上司・親戚の紹介で結婚相手が決まる。 | 【不要】 自分で積極的に動かなくても、周りがお膳立てしてくれる。 |
| 老後・リタイア | 60歳で定年退職。手厚い退職金と年金で、悠々自適な老後を過ごす。 | 【不要】 現役時代に運用などを考えなくても、国と会社が面倒を見てくれる。 |
この表を見ると、ある一つの事実に気づきませんか?
そうです。かつての日本では、仕事も、プライベート(結婚)も、老後の準備も、自分自身で細かく時間を配分し、ゼロから「自己決定」する必要がほとんどなかったのです。
会社という大きな船に乗り込み、言われた通りにスケジュールを捧げていれば、自動的に「人並みの幸せ」という目的地に連れて行ってもらえました。
自分の人生を「全体最適化」しなくても、社会が代わりにデザインしてくれていた。これが「人生の自動操縦モード」の正体です。
私たち就職氷河期世代は、この「かつて大成功したロールモデル」の残像を強く刷り込まれて育ちました。だからこそ、大人になった今でも無意識のうちに「会社の仕事さえ最優先にしておけば、人生はどうにかなる」と信じ込み、手帳を会社の予定だけで埋めてしまうのです。それはあなたが怠惰だからではなく、教えられた通りに真面目に生きているからこそ陥ってしまうジレンマだと言えます。
しかし、高度経済成長がとうの昔に終わり、バブル崩壊やリーマンショックを経て、この「幸せのレール」は音を立てて崩れ去りました。私自身、安泰だと信じて入社した大手企業が倒産したことで、その現実を身をもって痛感しています。
自動操縦モードのスイッチは、とっくに切断されているのです。
恋愛も仕事も。現代は自ら動く(マッチングする)者だけが得をする

「幸せの自動操縦モード」が機能しなくなった現代。それは一言で言えば、「すべてが自己決定の時代」へと突入したことを意味します。
この劇的な変化を最もわかりやすく象徴しているのが、「恋愛」や「結婚」のあり方です。
昔は待っていれば親戚や上司が「お見合い」という形でお膳立てをしてくれました。しかし現代は、「マッチングアプリ」などを使い、自らの意思で能動的に相手を探しに行くのが当たり前の時代です。
アプリを利用するには、プロフィールを作り、自分から「いいね」を押し、メッセージのやり取りをして、予定を調整する……という、非常に多くの「労力」と「時間」が必要になります。
「いつか自然な出会いがあるはずだ」と受け身のままでいれば、誰ともマッチングすることなく、時間だけが過ぎていくのが現実です。
「自ら動いてマッチングさせる」必要があるのは、恋愛だけではありません。仕事やキャリア、そして資産形成においても全く同じ構造なのです。
今の時代に「豊かさ」や「会社の外での自己実現」を手に入れている人は皆、副業で自分のスキルと顧客をマッチングさせたり、転職市場で自分の価値を再定義したり、投資で自分の資産を成長させたりと、自ら能動的に動いている人たちだけです。
ここで、先ほどの手帳の話を思い出してください。
マッチングアプリで相手を探すにも、副業を始めるにも、投資の勉強をするにも、絶対に欠かせないものがあります。それは「自分自身の時間」です。
もしあなたが、「会社の仕事」だけで疲れ果て、手帳を会社の予定だけで埋め尽くしているとしたらどうなるでしょうか。
自ら動いて「マッチング」するための時間が物理的に確保できず、現代のサバイバルゲームに参加することすらできなくなってしまいます。
会社員として真面目に働くことは素晴らしいことです。しかし、その真面目さゆえに「会社の業務」を優先しすぎると、一番大切な「自分のための時間を確保し、配分する」というアクションを起こせなくなってしまうのです。
真面目な人ほど陥る「会社の仕事=人生の最優先」という錯覚

「自分のための時間を確保しなければ」と頭ではわかっていても、いざ日常に戻ると、どうしても会社の業務を最優先にしてしまう。そんな自分にジレンマを感じている方も多いと思います。
繰り返しますが、それはあなたが怠けているわけではなく、真面目で責任感が強いからこそ陥ってしまう「錯覚」なのです。
日本の企業風土には「自己犠牲を払って働く人が偉い」という無言のプレッシャーが未だに残っています。こうした環境に長くいると、いつの間にか次のような危険な状態に陥ってしまいます。
「業務外の時間は、自分自身で主体的にデザインしなければならない」という感覚が麻痺してしまうのです。
| 時間の捉え方 | 【錯覚】会社に依存した時間配分 | 【本来】人生を主導する時間配分 |
|---|---|---|
| 平日の夜 | 明日の仕事に備えて「体力とメンタルを回復させる」時間 | 自分の未来(副業・勉強・趣味など)に投資する時間 |
| 休日(土日) | 1週間の労働の「疲れを癒やす」ための時間 | 会社の外で「自己実現」を小さく育てるための時間 |
| 人生の主役 | 会社の仕事(プライベートはその余白) | 自分自身の人生(仕事はその中の一つのパーツ) |
仕事でクタクタになって帰宅し、ご飯を食べて寝るだけ。休日は平日の疲れをとるために泥のように眠る。
一見すると「プライベートな時間を過ごしている」ように思えますが、本質的には、24時間365日、すべての時間を「会社の仕事」を基準にして配分してしまっている状態です。
業務時間外ですら「明日の仕事のためのメンテナンス期間」になってしまえば、自分の人生を全体最適化するための時間は、1秒たりとも残されていません。
会社はあなたの「仕事の成果」は評価してくれても、「あなたが手放してしまった人生の時間」に対しては、一切の責任を取ってくれません。
この錯覚から目を覚まさなければ、あなたの貴重な時間は、この先もずっと他人に消費され続けることになります。
60歳定年は過去の話。会社に時間を明け渡す「受動的な生き方」の残酷な末路

「時間の感覚の麻痺」から抜け出せないまま、会社に人生の時間を明け渡す生き方を続けると、将来どうなってしまうのでしょうか。
私たちが社会に出た頃、「定年」といえば60歳でした。
「今は仕事が忙しくて辛いけれど、60歳まで耐え抜けば、退職金と年金で自由な時間が待っている」
これが、真面目に働く会社員が心の支えにしていた最後の「希望のレール」だったはずです。
しかし今、そのゴールポストは私たちを嘲笑うかのように、どんどん後ろへと下げられています。
現在、すでに年金受給は65歳に引き上げられ、再雇用で給与を下げられながら65歳まで働くのが当たり前になりました。さらに、2021年4月に施行された改正高年齢者雇用安定法により、企業には「70歳までの就業機会を確保する努力義務」が課せられています。
(出典:厚生労働省「高年齢者雇用安定法改正の概要」)
今後、少子高齢化がさらに進む日本において、いずれ75歳定年、あるいは「定年制の廃止(死ぬまで働き続ける)」という時代がやってくるのは火を見るより明らかです。
もしあなたが、「自分のやりたい事(自己実現)は、定年退職してからゆっくりやろう」と時間を後回しにし、今の時間をすべて会社に捧げていたら、どうなるでしょうか。
あなたがゴールテープに近づくたびに、国や会社といった「他人」の手によって、都合よくテープを後ろへとずらされてしまいます。会社に時間を明け渡す「受動的な生き方」の末路。それは、「人生の残り時間(健康で動ける時間)がなくなるまで、他人のために搾取され続けること」なのです。

私のブログで何度もお伝えしている核心が、ここにあります。
「自分の人生の生殺与奪の権を、他人に握らせてはいけない」
これは「お金」だけでなく「時間」においても全く同じです。
いつまで働くのか、いつ自分のための時間を使うのか。その決定権を社会のルールに委ねてしまうことは、自分の命(時間)の使い道を放棄することに他なりません。
アクションプラン:会社と自分の間に「時間的境界線」を引き直す

ここまでの厳しいお話にお付き合いいただき、ありがとうございます。「定年が逃げていく」という現実を突きつけられて、少し暗い気持ちになってしまったかもしれません。
しかし、決して絶望する必要はありません。今、この瞬間に「自分の時間を自分でコントロールしなければ」と当事者意識を持てたこと。それ自体が、人生を変えるための大きな第一歩です。
他人に握られてしまった人生の主導権を取り戻すためには、今日から会社と自分の間に「時間的な境界線(バウンダリー)」をしっかりと引き直す必要があります。そのための3つのアクションプランをご提案します。
自分の時間を「先取り(天引き)」して手帳を埋める

お金を貯める鉄則に「給与天引き(先取り貯蓄)」がありますが、時間も全く同じです。「仕事が終わって時間が余ったら自分のことをやろう」と思っているうちは、一生時間は作れません。
手帳やカレンダーを開いたら、真っ先に「会社の外で自己実現を育てるための時間」をブロックしてください。副業の準備、投資の勉強、家族との時間。これらを「絶対に動かさない予定」として先に書き込み、残った時間枠に「会社の業務」を当てはめていくのです。
「受動的な回復」から「主体的な投資」へシフトする

平日の夜や休日の過ごし方を、ただ仕事の疲れを癒やすだけの「受動的な回復時間」から、自分の未来を創るための「主体的な投資時間」へ少しずつシフトさせましょう。
最初は1日30分でも構いません。「明日の会社の業務のため」ではなく、「3年後の自由な自分のため」に時間を使う感覚を取り戻してください。
会社に対して「健全な線引き」をする勇気を持つ

「休日は会社のPCを開かない」「週に2日は何があっても定時で帰る」「無駄な飲み会には参加しない」といった自分ルールを明確に決めてください。
あなたが会社に提供すべきは「契約に基づいた労働力と成果」であって、あなたの「人生の24時間すべて」ではありません。
かつて存在した「幸せの自動操縦モード(レール)」は、何も考えずに済む分、確かに楽だったかもしれません。しかし、そのレールが完全に消滅した現代において、私たちが選べる道は2つしかありません。
定年という逃げ水を追いかけながら、死ぬまで他人に時間を搾取され続けるか。
それとも、今日から自分自身で時間の配分を決め、自分の人生の経営者として歩き始めるか。
人生の全体最適化ができるのは、会社でも上司でもなく、あなた自身しかいません。
あなたの人生の主導権を、あなた自身の手に取り戻しましょう。
この記事が、ご自身の時間の使い方を見つめ直し、手帳の書き方を変える小さなきっかけになれば嬉しいです。
それでは、また次回の記事でお会いしましょう。



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