高齢になった父親が終活を始め、長年暮らした自宅を手放すことになりました。
しかし、いざ売却に動き出してみると、一筋縄ではいかない現実がいくつも重なりました。私自身は現在、父とは別の場所に暮らしています。実家へ向かうには、電車やバスなどの公共交通機関を乗り継いで片道約4時間。高齢の父ひとりでは不動産会社とのやり取りや判断が難しいため、私も毎回時間を作って帰省し、付き添うことにしました。
遠方からの伴走というだけでも相当な労力ですが、現地で待っていたのは「地方の築古不動産を売る」という想像以上の難所でした。
片道4時間。高齢の父の実家売却に付き添って突きつけられた現実
実家の売却を進めるにあたり、まず立ちはだかったのが「地方の築古物件」という条件の厳しさでした。
市ではなく「町」。田舎の築古物件が抱える売却の難点
父の自宅があるのは、「市」ではなく「町」に位置する静かな田舎町です。さらに建物は築50年近くが経過しており、正確な築年数や当時の詳細な書類を把握するのも一苦労という状態でした。
地方の田舎町にある築古物件の売却には、都市部にはない特有の難しさがあります。
- 過去の取引事例が極端に少ない:都市部であれば周辺の類似物件やマンションの取引実績が豊富にあり、おおよその相場がすぐに算出できます。しかし田舎町では、近隣で家が売買された実績自体が少ないため、客観的な「適正価格」が最初から見えにくい状態にあります。
- 建物の価値が「ゼロ評価」になりやすい:築50年近くになると、建物の資産価値はほぼ評価されません。それどころか、古家が乗っている土地として「解体費用がどれくらいかかるか」というマイナスの要素ばかりが注目されることになります。
- 買い手となる現地の需要が乏しい:そもそもその地域で新しく家を探している人が少ないため、市場に出しても買い手が見つかる保証がありません。
このように、「立地が田舎であること」と「築年数が経過していること」が重なると、売りに出す前段階の価格設定すら極めて困難になるのが現実です。
4社の相見積もりで「0円」から「500万円」まで査定が割れた理由
相場が読みづらいからこそ、今回は複数の視点を入れるべく、4社の不動産会社に査定(相見積もり)を依頼しました。父と一緒に各社の担当者から話を聞いたのですが、提示された見積もりを見て私たちは絶句することになります。
父の手元に残る金額(手残り額)の試算が、会社によってまったく異なっていたのです。
| 不動産会社 | 査定額・手残りの傾向 | 主なスタンス・見立て |
|---|---|---|
| A社 | 手残り ほぼ0円 | 売れ残りリスクを避け、建物解体や諸経費を引くと手元に残らない安全策 |
| B社 | 手残り 約100万円 | 現状渡しの仲介を軸とし、安価で売り出す現実的なプラン |
| C社 | 手残り 約200万円 | 近隣のわずかな取引例を参考に、時間をかけて買い手を探す提案 |
| D社 | 手残り 約500万円 | 独自の販売ルートやリフォーム再販を見込み、強気の価格を提示 |
※各社とも解体費用の見積もりや仲介・買取などの販売手法、売れ残るリスクの引き受け方が異なるため、手残り額に大きな差が生じました。
同じ家、同じ土地を見せているにもかかわらず、手残りが「ほぼ0円」から「500万円」まで広がりました。最大で500万円もの差が生まれてしまったのです。
査定額がここまで割れるのは、不動産会社ごとに「どのような販売戦略をとるか」「売れ残るリスクをどこまで想定するか」が大きく異なるからです。
「手残りゼロ」と弾いた会社は、建物解体や売却にかかる諸経費を重く見積もり、とにかく処分することを最優先に考えた安全策をとっています。一方で高い価格を提示した会社は、自社でリフォームして再販するルートを持っていたり、あるいは「契約を取りたいために高めの査定を出している」可能性も否定できません。
ここで私が痛感したのは、「地方の築古不動産には、客観的な適正価格など存在しないに等しい」という事実でした。
長年、父が生活の拠点として大切に守ってきた我が家。しかし、いざ手放そうとした瞬間、それは「いくらで売れるのかまったく分からない、出口の見えない資産」として目の前に立ちはだかりました。
なぜ「住むための家」なのに、手放す時は「不動産投資」と同じなのか?
なぜ生活の場として買った家が、手放す段階になるとこれほど適正価格すら分からず苦戦するのか。その根底には、家を買うときの「目的」と、売るときに突きつけられる「現実」の間にある決定的なズレがあります。
家を購入するとき、ほとんどの人は資産運用としてではなく「家族が安心して暮らすため」に買います。しかし、一歩「売却」という出口に立つと、不動産市場はそれがマイホームであろうと投資用物件であろうと、まったく同じ冷徹な基準で価値を測り始めます。
「子どもが帰ってくる故郷」という親心と、帰らない子の現実
マイホームを建てる際、親世代の多くは「将来、子どもや孫がいつでも帰ってこられる実家を作りたい」という温かい思いを持っています。私の父も、きっとそうした願いを込めて田舎に家を建て、長年守ってきたのだと思います。その親心や家族への想いは、私自身も深く理解できます。
ですが、ここには現代のライフスタイルにおける大きな「想定のズレ」が潜んでいます。子どもが大人になったとき、地元に戻って暮らすかどうかは完全に不確定だからです。
| 視点 | 期待と現実 |
|---|---|
| 親側の思い(購入時) | 「子どもや孫がいつでも集まれる拠点(故郷)を残してあげたい」 |
| 子ども側の現実(成長後) | 就職や結婚等で別の地域に生活基盤を確立。実家に戻る予定はない |
私自身も実家とは離れた場所に生活拠点を置いており、将来的に実家へ戻る予定はありません。「子どものために」と用意された広い家は、子どもが独立した後は高齢の親だけが暮らす空間となり、最終的には「遠方に住む子どもが片道4時間かけて処分に奔走する」という事態を生むことになりました。
「家族のための実家」という親の愛情は本物ですが、子どもが大人になったときの現実は必ずしもその通りにはなりません。マイホームを検討する際は、「子どもが帰ってこない可能性」もひとつのシナリオとして想定しておく必要があります。
どれほど愛着があっても、市場が出すのは「流動性の評価」だけ
マイホームの手放しで最もギャップを感じるのは、家族の思い出や愛着が資産価値として一切考慮されない点です。
家を買うときは、「日当たりがいい」「公園が近い」「子育てがしやすい」といった暮らしの快適さ(居住価値)を一番に考えます。しかし売却する瞬間になると、不動産市場はそうしたストーリーをすべて削ぎ落とし、極めてビジネスライクな物差しで評価を下します。
- 購入時に重視していたもの:暮らしやすさ、安心感、家族の思い出、間取りのこだわり
- 売却時に評価されるもの:立地、周辺の需要、築年数、売りやすさ(流動性)
買い手や不動産会社が見ているのは、「今、その地域で、その金額を出して買いたい人が何人いるか」という需給の現実だけです。どれだけ丁寧に使ってきた思い出の詰まった家であっても、買い手が存在しないエリアであれば市場価値は極限まで下がります。
「生活基盤として買ったのだから、投資とは別物だ」と考えていても、手放すその瞬間だけは、投資家が収益物件を売り抜けるときと完全に同じ「流動性と需要の評価」という土俵に乗せられます。
この出口における冷徹な評価構造こそが、地方の実家売却で多くの人が直面する苦戦の本質です。
地方のマイホーム購入で最も警戒すべき「流動性リスク」とは
手放すときの不動産は「流動性と需要」という基準で評価されます。
マイホームを検討する際、多くの人は「月々のローン支払額」や「間取り」「周囲の住環境」といった購入時の条件に目が行きがちです。しかし、地方や田舎で不動産を所有する際に、最も警戒しなければならないのが「流動性リスク」です。
流動性リスクとは、一言で言えば「売りたいと思ったときに、適正な価格ですぐに現金化できないリスク」のことです。
都市部と地方で決定的に異なる「売りたくなった時の難易度」
不動産における「売りやすさ(流動性)」は、都市部と地方で決定的に異なります。
都市部のマンションや好立地の戸建てであれば、買い手となる人口が多いため、適正な市場価格で売りに出せば数ヶ月程度で買い手が見つかるのが一般的です。一方で、人口減少が進む地方や田舎町の場合、「買いたい」と思う人の絶対数が圧倒的に不足しています。
| 比較項目 | 都市部(流動性が高いエリア) | 地方・田舎(流動性が低いエリア) |
|---|---|---|
| 購入希望者の数 | 常に一定の需要が存在する | そもそも家を探している人が極めて少ない |
| 売却にかかる時間 | 数ヶ月程度で売却できる可能性が高い | 年単位で売れ残る、あるいは売れないリスクがある |
| 価格の安定性 | 相場が形成されており、予測しやすい | 買いたい人の有無によって価格が極端に変動する |
| 現金化の難易度 | 売りたいタイミングで売りやすい | 売りたくても「売り抜ける」ことができない |
地方でマイホームを買う場合、「購入する(=買う)」こと自体は難しくありません。しかし、人生のライフステージが変わったり、老人ホームへの入居や相続などで「手放す(=売る)」必要が生じたとき、一転して出口が見えなくなるのが地方不動産の構造的な問題です。
いくら購入時の価格が高くても、売りたい時に買いたい人がいなければ、資産としての価値は著しく制限されてしまいます。
査定額の振り幅は「買い手が見つからないリスク」の裏返し
前述の「実家の査定額が不動産会社によって0円から500万円まで割れた」という出来事も、まさにこの流動性リスクが引き起こした現象です。
都市部の物件であれば、需要が安定しているため、どの不動産会社に頼んでも査定額は似たような範囲に収まります。しかし、需要が読めない地方の築古物件では、不動産会社側も「買い手がいつ、いくらで見つかるか」を正確に予測できません。
この「買い手が見つからないリスクを、誰がどのように引き受けるか」によって、査定額の振り幅が生まれるのです。
- 手残り「ほぼ0円」の査定:不動産会社が売れ残りリスクを徹底的に回避したパターンです。「安値でしか売れない」「解体して更地にしないと需要がない」と見込み、安全策をとることで手残り額を最小限(あるいはゼロ)に見積もります。
- 手残り「500万円」の査定:買い手が見つかる可能性を強気に見込んだ、あるいは「時間をかけてでも高く買ってくれる人を気長に探す」という価格設定です。ただし、この金額で売りに出しても実際には買い手が現れず、結局は長期間売れ残るリスクを秘めています。
つまり、査定額の差額である500万円という数字は、そのまま「需要の不確実性の大きさ(=流動性リスクの高さ)」を表していると言えます。
「住むための家だから投資ではない」と考えて手に入れたマイホームであっても、手放す段になると、この流動性リスクから逃れることはできません。
実家の苦戦を反面教師にした、私自身の「住まいと資産」の答え
遠方にある父の実家売却で目の当たりにした「流動性リスク」と「売れない厳しさ」。この苦い実体験は、私自身の住まい方や将来の資産形成に対する考え方を大きく変えるきっかけになりました。
地方の持ち家に資産を固定化してしまうと、将来手放したくなったとき、自分の力ではどうにもできない市場の波に飲み込まれてしまいます。
そこで私が出した結論は、「実物不動産には縛られず、流動性を最優先した住居と資産の組み合わせを選ぶ」という戦略です。
実物不動産を買わず「賃貸+J-REIT ETF」で流動性を確保する
現在、私自身も地方に暮らしていますが、持ち家は購入せず「賃貸住まい」を選択しています。そして、マイホームの購入資金や頭金に充てるはずだった資金の一部は、「J-REIT(日本不動産投資信託)ETF」などの証券資産で運用しています。
実物不動産を1点買いするリスクと、ペーパーアセット(証券)として不動産に投資するスタイルを比較すると、その違いは一目瞭然です。
| 比較項目 | 実物不動産(地方の持ち家) | 賃貸 + J-REIT ETF(筆者の選択) |
|---|---|---|
| 流動性(売りやすさ) | 非常に低い(買い手探しに数ヶ月〜数年) | 非常に高い(証券市場で即座に売買・現金化が可能) |
| 資産の分散 | 1つの土地・建物に大きな資金が固定化 | 複数の商業施設やオフィス、住宅等に分散投資 |
| 維持・管理の負担 | 修繕費、固定資産税、解体費用などの自己負担 | 建物管理の手間なし。賃貸なら住み替えも自由 |
| 得られるメリット | 自分の持ち家という精神的安心感 | 不動産からの分配金を得つつ、圧倒的な流動性を維持 |
実物の家を買ってしまうと、「売りたくても適正価格で売れない」という実家と同じ罠にハマるおそれがあります。
しかし、J-REIT ETFを活用すれば、不動産市場の成長や分配金(利回り)の恩恵を受け取りながらも、「いざとなったらボタンひとつで数日以内に現金化できる」という圧倒的な流動性を手に入れることができます。
「生活の拠点」と「資産としての不動産」を切り離し、住まいは賃貸で柔軟に、不動産投資は流動性の高い証券市場で行う。これが、実家売却の苦戦から私が学んだ1つ目の回答です。
老後に賃貸が借りられなくなったら?都市部への移住戦略
この「賃貸+J-REIT ETF」という選択をお話しすると、よく次のような疑問を投げかけられます。
「でも、高齢者になると賃貸契約が厳しくなるのでは?」
「ずっと賃貸のままで、老後の住まいは大丈夫なのか?」
確かに、高齢期に入ると身元保証や入居審査のハードルが上がるという懸念は存在します。この課題に対して、私はあらかじめ「段階的な移住・購入シナリオ」を用意しています。
【筆者が想定している老後の住まいシナリオ】
1. 現役〜シニア期前半:賃貸+J-REIT ETF運用
└ 地方の賃貸でコストを抑えつつ、高い流動性と運用益を維持
2. 高齢期(仮に賃貸の維持・新規契約が難しくなった場合):
└ 保有しているJ-REIT ETF等を売却して現金化
└ 不動産の需要が高く、流動性が担保された「都市部」の中古マンション等を現金で購入
仮に将来、年齢的な理由で賃貸契約の更新や新たな借り換えが困難になる局面が来たら、それまで運用してきたJ-REIT ETFなどを売却して現金化します。その資金をもとに、「売却や再度の住み替えが容易な都市部(駅近くなど需要が途切れないエリア)」の小さめのマンションを購入して移り住めばいいと考えています。
都市部の中古マンションであれば、地方の田舎町とは異なり、将来自分が施設に入ったり亡くなったりした際にも、子どもたちが処分に困るリスク(=流動性リスク)を大幅に下げることができます。
あらかじめ売れないリスクを抱える地方に不動産を固定化させるのではなく、いつでも方向転換ができる「柔軟性と流動性」を保ち続けること。これこそが、片道4時間かけて父の実家売却に伴走した体験から、私が行き着いた現実的な自衛策です。
まとめ:実家の終活は、自分自身の「持ち家論」をアップデートする機会
片道4時間かけて高齢の父の実家売却に付き添うプロセスは、時間的にも精神的にも決して楽なものではありませんでした。4社の不動産会社から出された「0円から500万円」という極端な査定額は、地方の築古不動産が抱える出口の難しさを浮き彫りにしました。
しかし、この泥臭い体験があったからこそ、私は「どんなに生活の拠点として買った家であっても、手放す瞬間には不動産投資と同じ流動性リスクを突きつけられる」という冷徹な現実に気づくことができました。
最後にもう一度、実家の売却に伴走して見えてきた重要なポイントを整理します。
- 親心と子の現実にはギャップがある:「子どもや孫がいつでも帰ってこられるように」という親の願いは温かいものですが、子が成長後に戻るかどうかは不確定です。帰らない場合、実家は将来的に負担の大きい資産になり得ます。
- 地方不動産における最大の壁は「流動性リスク」:人口減少が進む地域では買い手を見つけること自体が難しく、売却しようとしても適正価格で即座に現金化できないリスクが高まります。
- 資産と住居を切り離す選択肢を持つ:実物不動産に資産を固定化せず、「賃貸+J-REIT ETF」のように流動性を高く保つ選択や、将来的な都市部への移住シナリオを持っておくことで、環境の変化に柔軟に対応できます。
親の実家の終活に立ち会うことは、単なる「実家の片付けや処分の手伝い」にとどまりません。親が残してくれた現実を通して、自分自身の住まい観や将来の資産形成をゼロから見直す貴重な機会でもあります。
もしご両親が地方に実家をお持ちであれば、将来その家をどうするのか、親が元気なうちに少しずつ話すきっかけを作ってみてください。そして自分自身もまた、将来どのように家や資産と向き合うのか――。
「所有すること」にこだわりすぎず、時代や生活の変化に合わせて柔軟に方向転換できる状態(流動性)を保ち続けることが、これからの時代を穏やかに生きていくための現実的な備えになると感じています。

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