はじめに:SNSの「資産額」や「年収」の比較に疲れていませんか?
SNSを開けば、「〇〇歳でFIRE達成!」「資産〇〇万円突破!」といった景気の良い報告が飛び交う時代です。
私自身、長年半導体エンジニアとして慌ただしく働き、現在はアーリーリタイアを経てマイクロ法人を設立・運営していますが、投資や資産形成の世界に身を置いていると、どうしてもこうした「他人の数字」が目に入ってきます。
もちろん、経済的な基盤を整えることは大切です。しかし、誰かと比較して一喜一憂することに、ふと疲れを感じる瞬間はありませんか?
この記事では、投資や資産形成に取り組む人が陥りがちな「比較の罠」から抜け出し、本来の自分らしい豊かさを見つけるためのヒントを、私自身のライフワークである「書道」と、ある芸術家の言葉を交えて紐解いていきます。服や靴を選ぶように、自分の「価値観」を選べていますか?
私たちが日常で服や靴を買うとき、必ず「自分に合っているか」を確認しますよね。
足のサイズが26cmなのに、「世間で大流行しているから」「一番値段が高くて高級だから」という理由だけで28cmの靴を買う人はいないはずです。大きすぎる靴を履けば靴擦れを起こしますし、窮屈な服を着ていれば1日中息苦しさを感じてしまいます。
私たちは物理的なモノを選ぶとき、ごく自然に「自分のサイズ感」や「着心地の良さ」を最優先にしています。
では、人生の「価値観」についてはどうでしょうか?
服や靴と同じように、自分にぴったりとフィットする価値観を丁寧に選べているでしょうか。

表を見るとわかるように、多くの場合、私たちは無意識のうちに「世間が用意したフリーサイズの価値観」に自分を無理やり押し込もうとしてしまいます。
特にビジネスや投資の世界においては、「より多く稼ぐこと」「より多くの資産を持つこと」が、まるで全員にとっての“絶対的な正解のサイズ”であるかのように語られがちです。しかし、自分のキャパシティや性格を無視して数字の拡大だけを追い求めてしまうと、心には見えない「靴擦れ」が起きてしまいます。

年収や資産の比較は「終わりのないゲーム」
私たちが無意識に選んでしまいがちな世間の価値観。その最たるものが、年収や資産額といった「お金の比較」です。
なぜ、私たちはこれほどまでにお金や資産を他人と比べてしまうのでしょうか。それは、お金が「数字」という非常にわかりやすい、世界共通のモノサシだからです。
「あの人より100万円多い」「同年代の平均より少ない」といったように、優劣が誰の目にも明らかになります。しかし、このわかりやすさこそが、心を消耗させる最大の罠なのです。
- ステージ1: 同僚や友人と年収を比べて一喜一憂する
- ステージ2: 投資を始め、SNSで他人の資産額を見て焦る
- ステージ3: 目標を達成しても、上にはさらに莫大な資産を持つ層がいて虚無感を覚える
上を見ればキリがなく、どれだけ資産を築いても「もっと上」が存在します。これは、参加した時点で一生勝つことのできない、まさに「終わりのないゲーム」です。
世間一般では、マイホームの購入や高級車の所有が「成功の証」とされます。しかし、私自身は妻と2人の子どもたちとの暮らしの中で「身軽さ」や「選択の柔軟性」を何よりも大切にしています。そのため、あえて大きな固定資産を持たず、賃貸住まいとペーパーアセット(米国インデックスやJ-REIT、日本株など)を中心としたライフスタイルを選んでいます。
ウォーキングや水泳、サウナで心身を整え、家族との時間を最優先にする。これこそが私にとって最高に着心地の良いサイズであり、世間のモノサシで「持っている・持っていない」を競う必要は全くないのです。

日本の「道」に学ぶ、明確なゴールのない世界
では、この終わりのない比較ゲームから抜け出し、自分だけの価値観を見つけるにはどうすればいいのでしょうか。
そのヒントは、日本に古くから伝わる「道」の精神にあります。
私は習字を20年、書道を5年以上続けており、今でも書道教室に通って筆を握る時間を大切にしています。英語などの語学学習や資格取得(私自身も税理士試験に向けた簿記の学習をしていますが)には、「合格」や「スコア」といった明確なゴールがあります。
しかし、書道や茶道、剣道など「道」がつく世界には、明確なゴールが存在しません。
「道」の最大の魅力は、結果を急ぐのではなく「その行為に向き合うプロセスそのものを楽しむ」という点にあります。

たとえば、書道には古典の優れた書を模写する「臨書(りんしょ)」という稽古があります。これは、ただ単純に文字の形を綺麗に真似る作業ではありません。
お手本を書いた人物が、どのような時代背景を生きていたのか。どんな心情でその筆を動かしたのか。その人物像や歴史に思いを馳せ、筆使いの意図や感性を自分なりに解釈しながら紙に向かう行為です。
様々なお手本を通じ、他者の感性と自分の価値観を照らし合わせる。すると、「自分の琴線に触れるもの」が何かに気づき、「自分がどういう人間なのか」が少しずつわかってきます。
そこには「誰かより優れている」といった、数字で測れる比較は介在しません。
他者との比較は心をすり減らしますが、自分自身と向き合う「ゴールのない道(プロセス)」は、私たちに深い精神的な充足を与えてくれます。

ミケランジェロが語る「本来の姿」の彫り出し方
自分自身と向き合い、自分だけの価値観を見つける。このプロセスをさらに深く理解するための、ある有名なエピソードをご紹介します。
ルネサンス期の偉大な芸術家であるミケランジェロは、最高傑作として名高い『ダビデ像』を制作した際、その創造のプロセスについてこのように語ったと言われています。
「私は大理石の中に天使を見た。そして、天使を自由にするために彫ったのだ」
「像はすでに石の中に完成している。私はただ、余分な部分を削り落としただけだ」

彼にとって彫刻とは、何もないゼロの状態から新しい形を「作り上げる(足していく)」ものではありませんでした。すでに石の中に存在している「本来の姿」を見つけ出し、それを覆い隠している不要な石を「削り落とす(引いていく)」作業だったのです。
これは、私たちの人生における「価値観の模索」と全く同じです。
私たちは大人になるにつれて、世間の常識、親や周りの期待、メディアが発信する成功者のイメージなど、さまざまな「余分な石」を自分にまとわせてしまいます。
外側から押し付けられた価値観は、本来のあなたの姿ではありません。
自分にとって本当に大切なものだけを残し、不要な見栄やプレッシャーを削ぎ落としていくことで、少しずつあなた本来の輪郭が浮かび上がってきます。

まとめ:生涯をかけて「自分を探すプロセス」を楽しもう
人生という長い道のりにおいて、「自分にとっての完璧な正解」を急いで見つける必要はありません。
この記事の冒頭でお話しした「服や靴を選ぶこと」をもう一度思い出してみてください。
私たちは、一度買った服を一生着続けるわけではありません。年齢を重ね、ライフスタイルが変われば、その時の自分に一番似合う服をもう一度探し、試着を楽しみますよね。
人生の価値観も、それと同じです。
これからの時代を豊かに生きるためのポイントは、以下の3つです。
- 比較のゲームから降りる: 数字で測れる「終わりのない競争」から距離を置く
- プロセスを楽しむ: ゴールを急がず、書道の臨書のように「自分と対話する時間」を味わう
- 不要なものを削ぎ落とす: ダビデ像のように、世間の常識を削ぎ落とし「本来の姿」を彫り出す

最初から自分にぴったりフィットする価値観なんて、誰にもわかりません。
だからこそ、ミケランジェロが大理石とじっくり向き合ったように、あるいは私たちが休日にお気に入りの一着を探してショップを巡るように、焦らずゆっくりと「生涯を通じて自分を探すプロセス」そのものを楽しんでいきましょう。

世間の用意したモノサシを手放し、不要なものを削ぎ落としていった先に残るもの。
それこそが、あなたにとって最も着心地が良く、人生を自由にしてくれる「最高の価値観」になるはずです。
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